若者の間で使われる言葉として「学畜」というものがあります。
この言葉は具体的にどのような意味なのでしょうか。
今回は、「学畜」の意味と類似表現について解説します。
「学畜」とは?意味
「学畜」とは?意味
「学畜」とは、「学校に全てを支配されているかのように自由の全くない学生生活を送っている学生」を意味する言葉です。
「学畜」の概要
「学畜」の概要
学校生活には集団生活を体験したり規則に従う週間を身につけたりといった学問以外の目的が存在するのは周知の事実です。
人として生活していく上で社会的なふるまいを身につけるのはとても重要な事です。
広い社会にでる前に小さな集団としての学校内で社会的なふるまいの基本を身につけさせようという教育方針には十分理がありますが、社会としての学校に従うのと同時にひとりの人間として自分で考え自由に行動することもまた大切です。
特に近年は学生や生徒個人の個性を尊重し自由の重要性を根付かせようという考え方が強まっていることもあって授業を自由に選んだり暗記でなく研究発表形式を重視たりといった新しい形の学習指導に力を入れる動きも見られます。
管理教育が強権を振るっていた時代と比べるとかなり自由が増している今の学校教育現場ですが、学生の中には未だに学校側に徹底的に管理されているかのごとく自由が全くない日々を過ごしている者もいます。
そのような「学校に学生生活のほとんどを支配されてしまい主体的に行動することが難しい学生」を指す言葉が「学畜」です。
「学畜」とは「学校の家畜」の略で「管理され飼いならされた家畜動物と同じように学校からコントロールされている学生」を意味します。
支配やコントロールといっても必ずしも強権的なものではありません。
必修科目として大量の授業参加を義務付けられたり部活動で早朝や長時間練習を強いられたりなど「毎日の時間のうちほとんどを学校のために使わざるを得ず自由に使える時間がほとんどない様子」を指して「学畜」と表現します。
「学畜」は本人が問題であることに気づいていないのが最大の問題です。
学生なら学校に時間を割いて当たり前、長時間の勉強や部活は普通のことなど問題のある状況をそうと気づかないまま受け入れてしまっていることがさらに問題を悪化させています。
学生もひとりの人間である以上、いくら本人のためであるからといって学校側からの目に余る過干渉改められるべき大きな問題です。
「学畜」の言葉の使い方や使われ方
「学畜」の言葉の使い方や使われ方
・『授業に部活に委員会活動にと学畜のような毎日を送っている』
・『学校に時間を取られバイトする暇もない現状は学畜と呼ばざるをえない』
・『教授の使いっ走りばかりで貴重な学生時代を学畜として消費してしまった』
・『生徒ひとりで学畜解消を訴えても握りつぶされてしまうのがオチだ』
「学畜」の類語や言いかえ
「学畜」の類語や言いかえ
・社畜
「家畜のように会社に支配され尽くすことを強いられている会社員」を意味する言葉です。
本来はこちらの言葉が先にありその学生版として誕生したのが「学畜」です。
まとめ
まとめ
「学畜」は学校に潜む隠れた問題として近年注目が集まっています。
長らく見過ごされてきた潜在的な問題ということもあって解決するのは用意ではありませんが、学生の人権と自由を守るためにも抜本的な対策が求められています。
もしこのような状況に追い込まれることがあったら学校以外の第三者機関に助けを求めましょう。